忙しい時とヒマな時、そばを廃棄した場合の損失は?|意思決定のための分析手法 – 経済性工学
はじめに
金銭的数字を扱う学問として、経済性工学と会計学がありますが、それぞれ目的が異なります。
会計学は、会計が適正に行われることを保証するために発達してきました。
納税や投資家への情報開示のためにも、正しい数値の集計と扱いが行われることが求められます。
ところが経済性工学は、経済的に有利な方策を比較評価し選択するために生み出された理論で、先々の意思決定の支援が目的となります。
いいかえると、会計学は過去の金銭出納の分析報告に主眼があるのに対し、経済性工学は未来の意思決定に資することを目指しています。
したがって経済性工学では、つねに比較論が意識され、比較の対象をどこに置くかが問題になります。
本記事では、例題を見ながら経済性工学についての簡単な解説をしています。
例題
メニューがそば1品のみであるそば屋を考えます。
一杯あたりの売値や費用、利益は以下の通りです。
<売値> そば 500円 <経費> 材料費 150円 おしぼり代 15円 人件費 100円 諸経費 75円 <利益> 1杯あたり 160円 [500円 - (150円 + 15円 + 100円 + 75円)]
【問1】
ある繁忙期に一人のお客さんがやってきて、1杯のそばを注文しました。
[1-1]
おしぼりを使い終わったときに、店の裏で飼っていた犬が店に入ってきたため、犬嫌いのお客は店を出てしまいました。ただし、この客のそばはまだ作り始めていませんでした。
店の損失はいくらになるでしょうか?
ヒント
そば屋は一種の製造業であり、材料を加工製造・販売して利益を得ています。
発生した事象は以下のように考えることができます。
・そばを落としたことは、製造時の品質不良
・犬でお客が退店したことは、(おしぼりを営業経費と考え)失注
[1-2]
同じ日に今度は店員が誤って、そばを落としてしまったため、作り直して提供しました。
店の損失はいくらになるでしょうか?
【問2】
次は、閑散期に一人のお客さんがやってきて、1杯のそばを注文しました。
[2-1]
[1-2]と同様に、店員が誤って、そばを落としてしまったため、作り直して提供しました。
店の損失はいくらになるでしょうか?
[2-2]
[2-1]と同様に、店員が誤って、そばを落としてしまったため、作り直して提供しました。ただし、お客さんが少ないため毎日材料が余ってしまい、廃棄をしています。
店の損失はいくらになるでしょうか?
【回答】
[1-1]
おしぼり代の15円を損しただけ、と思った場合は不正解です。
以下の3点がポイントです。
・すでに注文を受けていて、見込み客ではなく実際の顧客になっていた
・犬がこなければ、500円の売上を得ていた
・ただし、材料費150円には手をつけていなかった
経済性工学では、500 – 150 = 350円が損失である、と考えます。
[1-2]
こちらも、材料費の150円だけを損した、と考えるのは不正解です。
以下のように考えます。
・繁忙期なので、客は次々に来て作った分だけ売上となる
・そばを作り直した為、2杯作ったが1人にしか売れていない
・二人分の売上が立つべきところを1人分しか売上を得られなかった
よって、500円の損失となります。
[2-1]
閑散期にそばを落として作り直したら、どうなるのか。この場合、店はがらがらで、倍の時間を費やした場合でも売上が減るわけではありません。
単にそばの材料費150円を損しただけ、ということになります。
[2-2]
閑散期に毎日材料を余らせて捨てている場合は、損失ゼロ円となります。
【解説】
繁忙期の考え方
繁忙期にこの店が失った金額は、会計学(原価管理)でいうコストではなく『機会損失』となります。
繁忙期は、つねに製造を続け、作ったものは全て売れていく状態です。
製造資源(店員やそばをゆでる釜など)は稼働率100%のフル回転で働いており、大量見込生産状態なため製造資源が少しでもロスをすると、それは売上のロスに直結します。
機会損失は、個別工程の製造原価よりもずっと大きく、品質不良や段取り替えで工程の生産能力を止めると非常に高くつきます。
閉散期の考え方
閑散期の場合は基本的に製造資源が余っています。
釜の中はたいていお湯だけで、店員は何もしていません。
こういう状態の時にロスが生じたからといっても、その分見込顧客の売上を失うわけではありません。
不況期の受注生産と似た状況です。
だから失うのは、外部に直接出ていく材料費だけです。(人件費や諸経費は、最初に書いたとおり固定費だから、売れても売れなくても変わらない)
最後に
会計の財務諸表には、機会損失は現れません。
会計の数字は現実に立脚した数字、つまり事実起きたことの数字であるのに対し、機会損失は「つり逃した魚」の大きさを示す数字です。
本当の経営判断は、機会損失を勘案して行わなければならず、会計課が報告してくる製造原価の数値だけに頼って判断してはいけません。
そして、この例題における経済性工学の答えには、材料費やおしぼり代などの、変動費の分だけしか計算に出てきません。
じつは1杯あたりの人件費や諸経費は、固定費を販売数量で割り戻して計算した値、いわば振り返りの(retrospectiveな)値です。
ある状況下では、売上や製造原価ではなく、変動費だけで判断すべきときもあります。
比較のための評価尺度は、目的と基準状態によって変わり、こうしたことを知っておく必要があります。